2020年5月18日月曜日

スウェーデンの教会音楽家の話

COVID19がいろんな人生に影響を与えています。スウェーデンの教会の演奏家としての職を得て去年の暮れにご夫婦で移住したばかりの女性ピアニストの話がネットニュースに紹介されてたので、そのブログを拝見しました。今は削除されてしまいましたが。アクセスが殺到したのでしょう。炎上するような内容ではなく、申し訳ない。この方はもともと関西でジャズを弾いておられて、スウェーデンには音楽勉強に留学して、教会音楽家の募集に応募されたそうです。

異国で認められて職を得るのは、それ自体相当なことです。自国人に比べて外国人はなにかにつけて不利で、特に言葉の問題が一番大きい。そのハンディを上回るほどの素晴らしい音楽が素直に評価されたのでしょう。 教会のように長い伝統のあるところに、その壁を破られたのだから、かなり高い評価だったと思います。

彼女は関西ではプロのジャズピアニストでしたが、スウェーデンに留学されて、ピアノだけでなく、ハープシコードやパイプオルガンも演奏する機会を得たそうです。楽しかったでしょうね。ブログを見ると留学時は寮のようなところで、共同キッチン、共同洗濯室で大変だったようです。でも、自分の音楽の世界を広めてくれるので、生活の不便さはなんとか我慢できたのでしょう。

教会で演奏するパイプオルガンにはことに魅了されたのではないかと思います。 私も弾いてみたい。スウェーデンのキリスト教は多くはプロテスタントの福音ルーテル派で、音楽を重視します。バッハもこの宗派でした。信仰の大事な要素です。

職が決まり、昨年の暮れに夫婦で移住して、素敵なクリスマスを過ごし、さあ、これからというときに、新型コロナが来ました。教会での行事は普通に濃厚接触です。

すべての宗教では、信仰のためのいろんなしきたりがあります。しばしば、いろんなところでこれが問題を起こすことがあります。宗教者にとって、特に生まれたときから教会に通ってきた信者にとっては、これは3度の食事と同じくらい大事な意味あること。だけど、それが感染を広げるなら改めてもらわないと、命に関わります。

スウェーデンでは感染対策としてはごく緩い政策(50人以上の集りだけ禁止、お店はオープン)しか採っておらず、経済活動を最優先するためにいわゆる集団免疫を獲得することを国として進めていて、大勢の死者が出ています。教会での活動にもまったく規制がなく、日本のように3密を避けるようにという取り組みは行われていません。スウェーデンはそんな国だったの、と思います。このため、教会活動には何の制限も加えられていません。また、彼女の上司も、狭い場所でのミサや、その後のお茶会で手渡しでパンを食べるなどのしきたりについて配慮を求めても、困難なときこそミサを続けるべきと、まったく意に介さなかったそうです。

このため、困り果てた彼女は旦那さんとともにfacebookに提案書を書きました。リスクを指摘して、ミサをオンラインでやれないでしょうか、という内容でした。それをみた上司から、移民がそんなことを言う権利はない、と言われ、ひどくショックを受けた彼女は直ちに荷物をまとめて帰国しました。いつもは優しく理解ある人だったのでしょうが、おそらく自分の存在そのものを批判されたように感じて、パニックになったのでしょう。

こういう意見は、アフリカからの難民が押し寄せるようになったヨーロッパでよく聞かれるようになりました。あれだけ美しい文化を築いてきたのに、と外野としてはがっかりしたものです。とはいえ、それですまされない情況も理解できます。ともかく、音楽家として教会に職を得るほどの女性にそんな言葉があびせられるとは、やはりそこまで追い詰められてるのです。

彼女のチャレンジは素晴らしく、どうもクリスチャンでもなさそうなのに音楽家として受け入れた教会もスウェーデンという社会の懐の深さを感じさせます。ただ、そういうきれい事ではすまない部分は、海外に長くいたり、研究者としてしのぎを削ってると、必ず直面します。こういうことは起きるものです。粘り強く、何度もぶつかっていくしかないのでしょう。だけど、どういっても、これはとても悲しい話。